「神対応」という言葉がある。
なんとなく理解はしているが、実際どんなもんなのかと一応調べたら、「神様のような対応」というまんますぎる説明が出てきて笑った。
要は、この上ない対応、最高の対応ってことなんだろうな。
私のような捻くれた人間はすぐにアラを探してしまうから、そういう感想はまず抱かない。
にもかかわらず、私にそれを抱かせた人がいる。
常日頃、誰よりもアラばかり見えてしまう、私の夫だ。

ガラケー時代。
とりわけ強い興味があったわけでも必要性があったわけでもないのだが、私はそこに何かゲームを入れたくて、自宅でひとりアプリを漁っていた。
ネットワーク環境は整っていたが、そこはガラケー、何をしようにも時間が掛かる。
ちょっとの情報を見るのにも十数秒は待たされて、こういうんじゃないんだよなぁ、と前の画面に戻るのに数秒、探すのに十数秒、詳細を表示させるのに十数秒、これも違うなぁ、という繰り返しで、時間は際限なく流れていった。
当時の私がどういう立場だったのかは覚えていない。
ベッドに寝転んでそんな作業に時間をつぎ込むくらいだから、乳飲み子がいたとは思えない。うつ伏せになっていたから妊娠中でもない。日中だったので週5でアルバイトをしていた頃でもない。となると、ほぼ時期は絞られてくるが。
当時のうちの経済状況は決して芳しいものではなかった。むしろギリギリだったと言っていい。
ゆえに、生活はこれ以上節約しようもないほど質素。
でもそれを苦と思ったことはなく、なんとかなってるんだからまあいっか、くらいの楽観的な人生観だった。
だからその日もベッドなんぞでゴロゴロしておったわけだ。
途中、寝たりなんかしてね。
まあ、世間知らずだったんだよ。言い訳だけどさ。

届いた請求書を開けたのは、私だったか夫だったか・・・。
当時の契約は、使っただけ支払う上限無しのプラン。
私はそれをよく理解していなかった。
それゆえ文字通り絶句。
夫からは当然のことを訊かれる。
「何をしたの?」
私は思い当たることを告白した。
すると、返されたのはたった一言だった。

「勉強代だね」

本当に、それだけ。
この件に関して、これ以外のアクションは何一つなされなかった。
それ以上は訊きもしないし、意見も言わない。
責めない。怒らない。諭さない。
態度や目線で何かしらを表すようなこともしない。
今に至るまで掘り返したこともない。
本当にその一言だけで、完全に終わりにされてしまったのだ。

そんなはずはない、と私は思う。
こんな額だよ、そんなはずはない。
なんでそんな対応ができるんだ? なぜ私は責められない?
どうしてそんなに私を信用できるんだ?

そうだ。私は、怖いほどの信用を感じたのだ。
責めずとも反省している、繰り返すほどバカじゃない、そう思われている。
何を言われるより、どれだけ罵倒されるより、はるかに効果的だった。
それは、何事にも反論してしまう私の性格を考慮しての判断だったのかもしれない。
けど、それにしたって根っこにあるのは信用だ。
あえて何も言わずに自分で考えさせるのがいい、こいつならできると。
私はこの人に知り尽くされており、その上で信用されている・・・。
私にとってはこの上ない、まさに「神対応」だったと思う。

旦那は仕事こそ真面目にこなすが、家ではダラダラしていて自室もぐちゃぐちゃ、体重は増える一方だし、息子にはガミガミとうるさい。
ダメなところや嫌なところばかり目についてうざったく思うのが常だ。
けど、私は信用されている。
私はこの人に信用されている
それだけで私は頑張れる。頑張ろうと思える。
たとえ袖がくりくりになったままのシャツが洗濯かごに入れられていたとしても。
推しのシーンで話しかけられてマジギレしたとしても。
丸一日会話がなかったとしても。
私は当時に立ち戻る。
そこが支えになる。

番うってすごい!
結婚願望などなかった私にそう思わせた夫もすごい!

それでも、来世は独身でいたいけどな。

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