日曜討論の尾見先生【毒】

横浜市長選投票日の8月22日、たまたま日曜討論 – NHKを見た。
話題はコロナだ。
画面右手には西村大臣と尾見先生、左手には感染の専門家、訪問診療やってる医師、あとなんだったか忘れたけど専門家、という構成だった。
前にも書いたが、私は尾見先生はすげえ人だと思っている。
知識や努力や危機意識は当然として、それが伝わらない、空回りしていることへの強い嘆きと焦りを隠さないこと、そしてそれをなんとかしなければと、本来ならお門違いの分野にまで足を突っ込んで学ぼうとしていること、そういった姿勢に心底感服しているからだ。

で、日曜討論だ。
やばかったわ・・・。尾見先生の悲嘆が・・・。
思いっきり顔に出てます先生。絶望的な顔してます。
一緒に見ていた息子も、深刻な話だというのに爆笑。
しかしまあ・・・申し訳ないけど、笑っちゃうくらいの顔なさってましたよ。
先生をそこまで落胆させたのは何かと言うと、テレワークが今一歩浸透しない理由として専門家が口にしたとある事柄だ。
「できるけどしない」のは、何も会社側や物理的な問題だけじゃないんだと。
家族に嫌がられて居心地が悪いからやりたくない、てのもあるのだと。
尾見さんが訴え続けている危機は、未だにそんなもんと天秤にかけてしまえる程度の認識でしかないってことですよ。一部の人たちにとっては。
そりゃ、あんな顔もするわ。
あの表情を逃さず捉えて全国に流したNHKのカメラマンは優秀だったと思う。
少なくとも、うちの息子には響いた。
なお、息子の期待を裏切らず、以降も尾見さんの顔芸は続く。
若者の関心は、社会ではなく、自分のコミュニティに向けられている」との専門家の言葉に、渋~~いお顔。息子むせび笑う。
さらには、どうやって若い人たちに発信したらいいのか、どうしたら浸透させられるのかで日々悩んでおられる先生の、「こういう番組は若い方も見るだろうから」は、あまりにも痛々しかった。
先生・・・見ないです。若い人はNHK討論見ないです・・・
先生の努力も虚しく、若い人たちとの感覚や感性の溝は埋まりそうにない。
今日もきっと、その声は届かなかった。

政府は発信の専門家も雇って、本気になるべきではないのかな。
優秀な人たちを抱えているだけじゃ駄目なんだよ。
もっとハッキリ、もっと強く、もっと深く訴えかけなければ。
いつまでたっても「お願い」しかできないリーダーシップでは何も変わらない。
何に気を遣っているのか知らないが、そんな場合ではないだろう!?
そんなもの、美しくも優しくもない。
その愚かな「甘さ」が、この段になってもなお、国民の意識に余裕を持たせ続けていることは間違いないのだ。

今や医療は、中等症Ⅱという本来だったら即入院というレベルでも、酸素を渡されて自宅に戻されるという崩壊っぷり。
その上、その酸素さえ十分な量はもらえないという。
こんなことになっても、往診に来てくれる医者に対して「周りに知られたくない」という理由で、「(ウイルスだらけの室内に)入ってから着替えてくれ」などと我儘を言う感染者もいるらしい。そんなヤツは往診してやらなくていいよ。
そもそも、東京においては350人に1人が感染している状況だというのに、知られたくないもクソもない。もはやそこら中にいる。
むしろ、「ここにもいますよ。気をつけてね」と発信したほうがずっと印象いいんじゃないか?
自分のことしか考えないヤツは、人の世話になる資格などないと思う。

つい色々書いてしまったが、毒を吐きたかったわけじゃない。
尾見先生の尊さを叫びたかったのだ。
私にできることは、これまで言われてきた対策は当然として、あとはワクチン接種かな・・・。
予約サイトにアクセスしてもまるで機能していないの、もうちょっと待ったら解消されんのかなぁ。
つーか、どこだろうと券あったら打てるようにしてくれたらいいのに、「市内のみ可」とかつまんない条件つけやがって、打たせたいのか打たせたくないのかどっちなんだよ!?
誰もが市の中心に住んでるわけじゃねんだぞ。うちなんか、最寄りの医者は他県。2番手も他県、3番手でも市外だ。
緊急事態宣言下だというのに、ワクチン打つために遠出させられるとか本末転倒だろ。

この話題で毒を吐かずに済むわけがなかったな・・・。
皆様ご自愛下さい。

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創作と評価

実は、ほんのちょっこし創作の世界に足を突っ込んでいる。
好きがあふれて、かつ供給では満足できなくて、100%自分のために始めた。
にもかかわらず、人ってのはどうしてこう、他人の評価を気にしてしまうのだろうね?
わかっちゃいるんだよ。
なぜなら、そこに評価があるからだ。
評価されてしまうから、気になってしまう。
そんじゃ見えなくしちまえばいいじゃねえのよ。そういう機能もあるだろ。
いやいや、見えなくしても、なくなりはしないじゃん?
あるものは気になる。
そういうことだ。

ここに至って、思い知るよね。
私は自分を弱い人間だとは思っていないが、気にしているという時点で負け組なんだろうなぁって。
誰かとの勝ち負けってことではなく、自己評価が下がって「自分なんか」と思い詰めてしまうってこと。
単なる数字なのに
弱くはないはずの私でさえ、心がざわつくんだよ。

数ってのは怖いもんで、多い方が「より良い」と錯覚させる。
けど、そうかと思うと、いくら多くたってまるで役に立たないことだってあるんだ。
署名とかデモとかさ。
どんだけ集まったって、見向きもされずに無駄になったりする。
こっちは、こんなちっこい数字に怯えてるってのにさ。
数って何なんだろうな?

まあ、とはいえ私の結論は、「気にしない」だ。
だって、私は私のために活動しているのだから、人の評価とかどうでもいいんだよ。
出し惜しむようなもんでもないから晒しているんであって、評価が欲しいわけじゃない。
スタンスは、そう。
で、興味をもってくれた人たちによって評価が増えていくじゃんね?
で、その数を見るじゃんよ。
気になるじゃんか・・・。
そうして、「前のは良かったのに、今回は全然だった」って思うようになっていくんだよ。
他者と比較することがないだけ私はマシなんだろうが、相手が自分だろうと、比べていることを自覚するたびに「青いなぁ」と思わずにはいられない。
悟りを開きたい・・・。

結論。
創作を続けていられる人は、強い人
とりわけ、低評価で長く続けている人は、べらぼうに強い人。
作品よりもその人をリスペクトしたい。

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スケートボード女子4位の子

スケートボード女子パークをLIVEで見た。
最終的に4位になった子のスピード感が予選から素晴らしくて応援していたんだけど、決勝の3本すべてで45秒やりきることができなかったのが残念すぎた。
最後の最後で、本当に最後の2秒とか、そういうところで落下してしまうのね。
「うああああああおおおおおおおお」と3回も咆哮させられて、オバサンは喉がカラカラよ。
それまでの40秒で素晴らしい技を連発していたから、最後まで滑りきりさえすりゃメダル獲れたと思う。
そんで「もったいない」「最後の最後で大技やってくんなくてもよかった」「落ちないことのほうが大事だったのに」などと、そのあとしばらくあーあーうーうー唸っていたんだけど。
すべてが終わった直後の当の本人のインタビューを見て、まるっきり気持ちが変わった。

彼女は泣いていて、「悔しい」と言った。
最後の技をやり切ることができなくて、決められなくて、と。
インタビュアーが問う。
「何を学びましたか」
その答えが、予想外だった。

「コロナで1年延期になって、その間、だらけてしまって、それが結果に出たんだとコーチに言われ、自分でもそう思った」

私は、この子は4位で正解だったんだと思った。
この子は、今回メダルを獲れなくて本当によかった。
こんなに大きな教訓はないだろう。
この学びを得られたことは、きっとこの子の宝になる。
この子は、一時の栄光よりずっと貴重な、人生における鞭を手に入れたのだ。
そのことを、本人がちゃんとわかっている。
なんて立派な15才なんだろうと、心から思った。

彼女の最後のトライに落胆して「あーあ」などとチャンネルを変えなかった私、グッジョブ。
久々にいいものを見た。


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