友達の言葉 -01

いくら深く考えても、自分からは到底生じ得ない発想や、自分では到達し得ない境地というものがある。
それを難なく無償で与えてくれるのが友達だ。
無償とか言うと友達を損得で選ぶみたいで感じが悪いが、選んではいなくても実際にはそうなっていたりするのではなかろうか。
だって、私の友達はみんな名言を吐く。
それが社会一般的に名言であるかはわからないけど。

そんな名言から、ひとつ。
あれは「ポケベル」が登場した頃であった。
外出先で連絡を受け取れるとは画期的!
私は早速飛びついた。
が、ショップに行ったはいいものの、どれを買うかで延々悩む。
それはそれは悩む。
こっちはこんな機能が、こっちはこんな表示が、こっちはこんな音が。
どうしたらいいんだ!!
その様子を見ていた友達がこう言った。

「今の生活に加えるだけのなのに、どうしてそんなに悩むの?」

え?と思った。
そうだ、ポケベルなんてない生活をずっとしてきたのだ。
それが普通だったのだ。
私は今、その普通から背伸びをしてちょっと贅沢をしようとしているに過ぎない。
新しい便利が、今に追加されるだけで十分ありがたいはずだ。
それなのに、僅かな差を気にしてどっちが便利かと悩むなんて、どれだけ強欲なんだよ。恥ずかしい。
「どうせならよりよい物が欲しい」「あっちにすればよかったと後悔したくない」
そりゃそうなんだが、この時点でそんなことがわかるはずもない。
あーだこーだ言うのは、それのある生活が普通になってからでもいいのでは?

結局、見かけが一番好きなものを選んだ。
一切後悔しなかった。

自慢じゃないが、私は人の意見に左右されることはほとんどない。
なぜなら、自分で考えたいタイプの人間だからだ。
人の意見を頭ごなしに否定する頑固とは違う(ここ大事)。
人の意見は大いに聞きたい、むしろ大好き、いっぱい言って!
でも、それに流されることはない。
それは私の参考になる。
私はそれを踏まえて自分で結論を出す。
それが私の思考パターンだ。
なので、たった一言で私を打ちのめすものは、私にとって紛れもなく名言である。

同じようなことしか考えない集団の中で、何の刺激もなく否定もなく、持ち上げ持ち上げられ、誤魔化し誤魔化されながらぬくぬくと生きていたってつまらない。
自分とは違う感性や価値観をもった友達は、人生の宝である。

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