親知らずの抜歯という最難関を乗り切ったことで、いくらか気持ちは楽になっていた。
2本同時とはいえ普通の歯だし、まあなんてことはないだろう。
そう思って当然だと思う。
しかし人生はそんなに甘くない。
結論から言うと、1時間半かかった挙げ句、1本しか抜くことができなかった。
極めて立派な根っこだったらしい。
医者いわく、普通の抜歯のつもりで挑んだのが間違いで、結果的には親知らずよりも手こずってしまったのだそうだ。
歯科助手が頬肉を押さえずに済む位置だったことだけが救いか。
途中、何度も謝られた。
しかし1時間半口を開けっぱなしでいることはさほど辛いことではない。
そんなことより、医者があからさまに焦っていることが伝わってくるのがきつかった。
やっかいなことになった技術的な焦りもあるかもしれないが、一番は時間だろう。
「ちょっとすいません」「すぐ戻りますから」と中座する回数が増えていく。
私は悪くないのに、段々申し訳ないような気がしてくる。
やっとこ1本抜き終わり、「今日は1本にしましょう」と言われた時は、そりゃそうだろうと思った。
言うまでもなく止血はまたも失敗に終わり、しかし今度こそ血餅を作らせてみせるとかなり意識して頑張った結果、血は前回よりは早く止まった。
まあ、頑張ると言っても、あまり舌先でチェックしないとか、口を濯ぐ回数を減らすとか、そういったことくらいしかできないのだが、血が固まりづらいのなら、血が溶かされてしまう行為はなるべく減らそうじゃないかということで頑張ってみたのだ。
抜歯が親知らずより手こずったことを思えば、効果はあったと言えるだろう。
この時点で、最初の受診から3週間経っていた。
次こそ、2本同時抜きだ。
これまでの教訓を活かせば、今度こそスムーズに抜歯できるはずだ。
できるはずなんだ。
つづく。