スペクトラム【毒】

スペクトラムという考え方(「連続している」という考え方)は、発達障害について学んでいるときに知ったんだが、最近はテレビなどでもよく耳にするようになった。
直近では、織田裕二がMCをつとめる『ヒューマニエンス 40億年のたくらみ – NHK』という番組で取り上げられているのを見たな。
それによると、今ではなんと性別でさえスペクトラムであるということがわかってきているのだそうだ。衝撃的!!
何が衝撃って、物理的にスペクトラムってことなんだよ。
男か女か、「心はともかく、身体はどっちかだろう」って思うじゃない?
それが、そうじゃないって言うんだから驚くでしょ。

つまりさ、身体でさえ「100%男」「100%女」てわけじゃないのに、性格だの特性だのが「普通」と「異常」の二択であるわけがないよな。
発達障害も、セクシャルマイノリティも、「100%正常」とのグラデーションなんであって、どこからがどうだとか明確に線引きできるものじゃないってことだよ。

ちなみに、発達障害だと「グレーゾーン」てのがある。
「ちょっと変わってる」とか「個性」で済まそうと思えば済ませられちゃうレベルだから、そのあたりの位置にいる人は、発達障害というレッテルを貼るのか貼らないのかということで悩んだりする。
あえてレッテルと書いたのは、世間の受け止めがそうだからだよ。そんな国だからな、この国は。
だけどおまえら、言ったら全員「100%健常者」ってわけじゃないからな?
スペクトラムなんだぜ? その度合いが濃いか薄いかの差でしかない。
自分は真っ白だと思い込んで、黒っぽいのを差別するとか、何様だよ?
あんたは実はグレーなのかもしれないんだよ?
というかそもそも、なんで白が偉いことになってんだよ?

多様性ってのはさ、生物として考えたときには、種の存続に欠かせない「強み」なんだよ。本来。
セクマイだってそうかもしれない。
将来的には「男」を作るY染色体が消滅すると言われている中で、いわゆる「普通」だけを尊重することが人類にとってプラスであるとは考えにくい
個人間での好き嫌いは勝手にしたらいいけど、社会としては、その「普通」って分類をとっとと取っ払ったほうがいいんじゃないですかね?

最近私は、なぜかそういった話題を目にする機会が多く、ヘテロとかフォビアとかポリアモリーなんて言葉を知るに至ったんだが、実に興味深いよ。
「私にもそういう要素あるな」「ひょっとして私それか?」って思わされるもの。
でも、そりゃそうだよなあ。スペクトラムなんだから。

ひとりひとりが自分のことをもっと深く知れば、世間にはびこる差別意識は大きく変わってくるんじゃないかしらん?
などと思う今日この頃です。

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