戦争中の国に千羽鶴を送る【毒】

この報道を見たときは、本気で「冗談でしょ?」と思った。戦地に千羽鶴を送るなんて、どうかしている。何を勘違いしているんだ。頼むからやめてくれ。

平和な国の平和ボケした人たちが自己満足で送りつける善意が、今まさに命が脅かされている人たちの何の役に立つっていうんだよ?
「あなたたちを想っています」と伝えたいの?「私たちこんなに祈りました」って見てもらいたいの? なんで? 感謝されたいの?
祈るのはいい。折るのもいい。だけどなんで送るんだよ?
「折角折ったし」と思うなら(そう思うことがそもそも間違っているわけだが)、募金箱の横にでも飾らせてもらえばいいじゃないか。なのに、どうしてわざわざ送るの? 支援物資だと思って開けた箱に千羽鶴が入っていたときの相手の気持ち考えてみた? 今そんなもんを喜べる状況? 明らかに違うだろ。
彼らが求めているのは、明確な支援だ。なんでそれがわからないんだよ? その手間と金があればもっと有益な支援ができるのに、どうしてあえて千羽鶴を送ることを選ぶのか。それは本当に相手を想っていると言えるのか。

祈りを込めて鶴を折ることは、無論、悪いことではない。好きなだけやったらいいと思う。だけど、それを一方的に送りつけるのは間違っている。絶対に間違っている。
支援で大事なのは、何をしてあげたいかではなく、何が求められているかだ。そんなこともわからんのなら、何もしないほうがまだマシだ。国内でさえ、被災地が最も「いらない」と感じたものは千羽鶴だったってことを、今こそ知るべきだ。誰がどんな崇高な祈りを込めようと、それが現実だ。

この千羽鶴騒動を受けたツイートで、素敵なものがあったので載せておく。

「もう「千羽鶴プロジェクト」ってサイトかアプリでも作りゃいいんちゃうか。 ワンクリックで折り紙1セット分(約100円)の募金ができんの。 募金するたびに折り鶴がピューンってアニメーションがあってクッキークリッカーみてぇに「只今の募金額折り鶴5億羽分です」とか表示したらええやん。←」 / Twitter

なお、ご本人が補足もしていらしたので、ついでにそちらも。

「バズってるからリプ下げしたくないけど、これ何がいいってシステム化したら「何羽分募金しました」ってSNSでシェアできるから承認欲求満たされそうでいいよなって思うのよな。」 / Twitter

この件に関しては、私の好きな作家さんも呟いていたのでそれも紹介しておきたい。
勝手に要約すると、「千羽鶴を折って送るという行為は、相手が知人で、かつ、金や物ではどうにもならない祈るしかないような状況ならば、有りかも」という内容だった。なるほどと思った。

「送るな」と声を上げた人たちも、千羽鶴そのものを否定しているわけではないのよ。ただ、この局面で戦地にそれを送るという行為が常軌を逸しているということに気づかないばかりか、指摘をされても理解できない(しようとしない)人がいるということに心底驚いているだけで。
だから、そんな人たちの自己満も刺激しつつ、迷惑を減らして支援を増やせるこういう案は、本当にいいよなって思う。
誰か作らんかな・・・。

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今日もウクライナのことを想っている【毒】

ウクライナがあまりにも酷いことになっていて、ここ最近娯楽を楽しめない。
私が塞ぎ込もうが、何にはっちゃけようが、世界情勢には露ほども影響を及ぼさないことは十二分にわかっている。それでも、そんな気にはなれない。
例えば、見ていたニュースが終わって呑気な番組なんぞ始まろうものなら、私は即テレビの電源を切る。不快にさえ感じてしまうから。

世界の大半はウクライナの味方で、今回のことを戦争犯罪だと思っているはずなのに、どうしてウクライナはちっとも救われないのだろう。
手を出したら第三次世界大戦になってしまうと言うけれど、そうならないためにはウクライナには犠牲は仕方がないということなんだろうか。ウクライナの人たちが無残に、残酷に、非人道的に殺され、この先も殺されていく、それを助けられないのはやむを得ないということなんだろうか。
世界は、協力して大きな方針を立て、それを実行していく組織をいくつも作っておきながら、こんなにもあからさまな犯罪を、たった一人の暴走を、とめることができない
だとしたら何の為にあるんだ。そんな組織は何の為にあるんだよ。何の役に立っているんだよ。あれやこれやの決議で誰を救えたんだよ。どうしてそんなに非力なんだよ。
国が集まってそれでは、一個人ではなお役に立たない。ほとんどの個人は自分たちの生活で手一杯な「普通の人」で、最高の技術と莫大な資金でもって絶大な支援をしてみせた大富豪とは違う。
私は、その「普通の人」の中でも、とりわけ役に立たないただの主婦だ。なんにも、なんっにもできない。そうしてただ、悪夢より酷い情報を受け取っては苦しんでいる。だがそれが何になる。私が心を痛めたからといって、それが何になる。心労で寿命が縮んだとして、それが何になると言うんだよ。私は何も成せていない。この状況を改善に向かわせるために、私は何もできていない

ロシアに対する経済制裁の影響で物価が上昇して生活がままならなくなっている人もいるだろうけど、あえて書く。私は、ロシアへの制裁は全然足りていないと思っている。制裁を増やせばこちらの苦しみも当然増えるが、それでもだ。だって、私たちにできる戦いなんて、それに耐えることくらいしかないじゃないか。
なのに、なんだ。こんなちっぽけなのか。こんなもんなのか。ウクライナの人たちの絶望を知りながら、これっぽっちの苦労しか負えないのか。この国はもっとできるんじゃないのか。もっと頑張れるんじゃないのか。「支えたいんだ。苦労を強いることになるけど耐えてくれ。この状況を変えたいんだ。救いたいんだ」そう言ってくれよ。やってくれよ。やってくれよ。

私は大学時代、第二外国語としてロシア語を選択していた縁もあって、ロシアはちょっと好きだったんだ。だから、今回の侵攻はプーチンが暴走しただけでロシアも被害者なんだと思っていたかったんだけど・・・残念ながら現実は違う。
プーチンの「支持率83%」は、ガチだ。あれだけ叩かれたプルシェンコでさえ、直近のアイスショーで「Z」を掲げてしまった。無論、プーチンを恐れて本音を言えない人はいっぱいいるだろう。けど、根っから洗脳されている人たちが山ほどいることは、もう疑いようがない。私が長年抱いてきたロシアへの淡い思いは消えてしまった。ロシアの中からロシアを変えることは、きっとできない。

なぜ信じてしまうのだろう。
正当な侵攻など存在しないのに。

しかし、重複するが、私がこうして苦悩していても世界は何も変わらない。私が無駄に憔悴していくだけだ。
とはいえ前向きにはなれないので、せめて少しでも気持ちが上向くことはないかと、家の中をウロウロしてみた。何もできなくても時間だけはあるのよ。引きこもりなんで。
で、これを見つけた。

ウクライナカラーのぬいぐるみ(スライム&ゴメちゃん、てのひらモッチ)

↑ スライム&ゴメちゃん(左)、手のひらモッチ(右)

ウクライナカラー!
どうよ?
ああ、なんかちょっと元気出た。気がする。

ウクライナカラーの雑貨(CDケース、制汗デオドラント)

↑ CDケース(左)、ギャッツビーの制汗デオドラント(右)

もう一丁!
意外とあるんだな、この配色・・・。
あ、いまちょっと面白いと思ったぞ。いい感じ。

先日、ロンドンのギャラリーが、エドガー・ドガの絵画『ロシアの踊り子たち』を、『ウクライナの踊り子たち』に改名したという記事を読んだ。絵の中の人が身につけている飾りがウクライナカラーだったので、この機に変えたらしい。まあ、変えたからどうなるってわけでもない。でも、いい戦い方だと思った。武力行使の代わりにできることは経済制裁だけじゃないんだぞと。スポーツ界も、芸術界も、精一杯戦っているのだ。

そんな中、この無能な引きこもり主婦は、こうしてウクライナの色を集めて気力を奮いながら、僅かばかりの不自由に耐えるという戦いをしていくほかない。
だから、頑張ってくれ日本。もっと頑張れるよ。そうして一刻も早く状況を改善させて、一人でも多く救ってほしい。
私もそのために頑張りたい。

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ロシアのウクライナ侵攻を感情論で理解した【毒】

私には政治的なことはわからない。わかろうと思ったところでわかるとも思っていない。
けど、何が起こっているのかは、浅くとも把握しておきたいと思っている。
ニュースはそのために見る。
「知りませんでした」では済まされないことが、世界中で毎日起こっている。
ロシアのウクライナ侵攻もそうだ。
だけど、どうにも理解できなかった。
ロシアがそうまでする理由が、まったくわからなかった。

そんな折り、テレビでとある解説者の話を聞いた。
「今回のことは、かなり感情的な面が強く出ているなという印象です」
え、そうなの?
「というのも、ロシアとウクライナは元々一つの国だったんです」
「だから、プーチン大統領はウクライナを兄弟国と位置づけて、格別の扱いをしてきたんですね」
「そのウクライナが、ロシアから離れて、敵対するNATOに行ってしまう」
「プーチン大統領としては、それは受け入れられない。まさに『越えてはならない一線』だったわけです」
あー・・・。
「それに、ロシアにとってキエフというのは、日本でいうところの京都のような存在なんです」
はあー・・・なるほど・・・。
なんか、すげえ納得した。

細かい事情や口実、その裏なんかは相変わらず全然わからない。少しかじったところで本当のことなど私ごときに見えるはずもないので、知ろうとも思わない。
ただ、プーチンの本意が何であるにせよ、その片隅に「大事なものを奪われてたまるか」的な熱情があるということはわかった。
けど、それは極めて一方的だ。言うなれば、

「オレとおまえは一心同体だったじゃないか。今でもおまえはオレにとって特別な存在なんだよ。こんなに大事に思っているのにオレから離れようとするなんて許せない。おまえはオレのものだ!」

て感じか。思い込みが過ぎる拗らせ片思いかよ・・・。
無論、もっと腹黒い政治的な云々が根っこにあることは薄ら耳にしている。ソビエト再建を目論んでいるとかなんとか・・・。でもそんなん難しすぎてわからんち。

言えるのは、感情に火がついている人間には何を言っても無駄ということだ。
誰もが誰かに対して一度くらいは実感していることと思うが・・・強く思い込んで感情的になっている人には、どんな言葉も届かないし、どんな手も効かない。
「オレは核持ってんだ、邪魔するヤツは覚悟しろ」などと公言しちゃえる心理状態の人間が、軍を操り、国際社会の場で拒否権まで持っている。状況としては最悪だ。
その上、安保理のロシア非難決議では、中国やインド、アラブ首長公連邦までもが「棄権」した。マジでどうかしとる
ついには「第三次世界大戦」なんて言葉まで出てくる始末。こんな事態を引き起こしたのが、たった一人の人間ですよ。たった一人くらい、なんで止められなかったかなって・・・。

世界はコロナでそれどころじゃなかったはずなのにな。いや、今だってそれどころじゃないはずなんだよ。
いっそ、コロナにかかって重症化してしまえばいいんだ。
「あなたの治療をする人は、あなたが始めた戦争で死にました」
そう言われてしまえばいいんだ。

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ねえねえ尾見さん【毒】

尾見先生が、ついに、ついに、若者向けに動き出しましたね!

尾身茂(おみ しげる)(@omi.shigeru) • Instagram写真と動画

長かった・・・ここまで長かったね、先生・・・。
これはあれかな、日曜討論効果かな。
先生の「若い人も見るだろうから」という発言に、私同様、膝からくずおれるほどの衝撃を覚えた人が、「このままでは先生が若者と繋がる日は永久に来ない」と憂えて協力を申し出てくれたとか、そういう流れを妄想してしまう。本当にそうだったら泣く。

私はInstagramに興味がなくてアカウント登録もしていなかったんだけど、その情報を得て即取得したよ。そしてフォローした。
私に発信力はないけど、応援はしたいから。
「#ねえねえ尾見さん」も、とてもイイ。若者が考えてくれたんだってね。ありがとうボランティアのみなさん。これで尾見さんは、ようやく行きたい場所に近付けた。
Tシャツ姿も、はにかんだ顔も、私的には満点です。
いいぞ、いいぞ。
力量とセンスを兼ね備えた仲間を得て、尾見さんが実現したかったことが形になっていくんだ・・・はああ・・・よかった、よかったよ・・・(泣)

なのにさあ・・・。
誰なのこいつ。名前は知らんけど「スッキリ」って番組によく出てるやつ。
バカなの? こいつがしたコメントが低レベルすぎて気分が悪い。
尾見さんは、これまでのやり方ではダメだと痛感したからこそ、本人でさえ「突拍子もない」と思うことを始めたというのに、Tシャツにダメ出しするんだ? 真面目な話なんだからスーツのほうがいいって?
本気で言ってんの?
この人はスティーブ・ジョブズがTシャツ着てたのも嘆かわしく見てたわけ?

尾見さんは、若者に寄せてカジュアルになってみせたんじゃない。
新しいことを始めるんだという意志と、新しいことを受け入れる柔軟性、そして、誰かの話ではない「私たちの話」をしようじゃないかという姿勢を示したのだ。
それをこいつは、『カジュアルにすれば若者食いつくだろうって、オッサンの考え方だからね』などとぬかしやがった。
情報番組のコメンテーターって、その程度の考察力でも務まるんだな。驚いたわ。
『大事なことをやってるんだから、ラフな格好よりスーツ姿の方が若者に伝わる』?
寝言かよ。
これは生活の話だろ。改まったり畏まったりして話すことじゃない。
「真面目な話」というイメージこそ、尾見さんはどうにかしたかったんじゃないか
ホントに何にもわかってない。おまえこそオッサンそのものだ。
むしろ、チーム尾見は「お?」と思ってもらうことも狙っていたはずである。
せっかく意を決してそういう場に飛び込んだというのに、尾見さんがいつもと変わらぬ姿でいたら「ふうん」で終わってしまうだろ。
注目してもらうには、拡散してもらうには、話題にしてもらうには、声をたくさん集めるには、「新しい」と思ってもらえる思い切ったことをしなければならないのだ。
尾見さんのその覚悟と、その挑戦を痛々しくさせない協力者の絶妙なセンスが、あのTシャツには込められている。
そんなことにも気付かず公然とダメ出しをするなんて、顔しか知らなかったこの男の評価は、私史上稀に見る速さで地に落ちた。
若者の気持ちをしったかぶったその浅見を、当の若者に「わかっていない」と揶揄されればよい。

それにしても、尾見さんの「例えば私の知りたいことは・・・」という、まずは自分から口にしてみせる姿勢は本当に素敵だね。
尾見さんを支えてくれているボランティアの有能さも、とても頼もしい。
私も、#ねえねえ尾見さんTシャツ、欲しい~。
それ着てコンビニ行くよ。スーパーにも行ってやる。電車も・・・乗れる、今なら。いや、むしろ今しか乗れない。宣伝したい。
だがしかし、ステイホーム!!
それに勝る協力はないもんな。おうち出ませんよ。
頑張って尾見さん!
若者に声が届き、若者の声も、政治に届きますように!

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日曜討論の尾見先生【毒】

横浜市長選投票日の8月22日、たまたま日曜討論 – NHKを見た。
話題はコロナだ。
画面右手には西村大臣と尾見先生、左手には感染の専門家、訪問診療やってる医師、あとなんだったか忘れたけど専門家、という構成だった。
前にも書いたが、私は尾見先生はすげえ人だと思っている。
知識や努力や危機意識は当然として、それが伝わらない、空回りしていることへの強い嘆きと焦りを隠さないこと、そしてそれをなんとかしなければと、本来ならお門違いの分野にまで足を突っ込んで学ぼうとしていること、そういった姿勢に心底感服しているからだ。

で、日曜討論だ。
やばかったわ・・・。尾見先生の悲嘆が・・・。
思いっきり顔に出てます先生。絶望的な顔してます。
一緒に見ていた息子も、深刻な話だというのに爆笑。
しかしまあ・・・申し訳ないけど、笑っちゃうくらいの顔なさってましたよ。
先生をそこまで落胆させたのは何かと言うと、テレワークが今一歩浸透しない理由として専門家が口にしたとある事柄だ。
「できるけどしない」のは、何も会社側や物理的な問題だけじゃないんだと。
家族に嫌がられて居心地が悪いからやりたくない、てのもあるのだと。
尾見さんが訴え続けている危機は、未だにそんなもんと天秤にかけてしまえる程度の認識でしかないってことですよ。一部の人たちにとっては。
そりゃ、あんな顔もするわ。
あの表情を逃さず捉えて全国に流したNHKのカメラマンは優秀だったと思う。
少なくとも、うちの息子には響いた。
なお、息子の期待を裏切らず、以降も尾見さんの顔芸は続く。
若者の関心は、社会ではなく、自分のコミュニティに向けられている」との専門家の言葉に、渋~~いお顔。息子むせび笑う。
さらには、どうやって若い人たちに発信したらいいのか、どうしたら浸透させられるのかで日々悩んでおられる先生の、「こういう番組は若い方も見るだろうから」は、あまりにも痛々しかった。
先生・・・見ないです。若い人はNHK討論見ないです・・・
先生の努力も虚しく、若い人たちとの感覚や感性の溝は埋まりそうにない。
今日もきっと、その声は届かなかった。

政府は発信の専門家も雇って、本気になるべきではないのかな。
優秀な人たちを抱えているだけじゃ駄目なんだよ。
もっとハッキリ、もっと強く、もっと深く訴えかけなければ。
いつまでたっても「お願い」しかできないリーダーシップでは何も変わらない。
何に気を遣っているのか知らないが、そんな場合ではないだろう!?
そんなもの、美しくも優しくもない。
その愚かな「甘さ」が、この段になってもなお、国民の意識に余裕を持たせ続けていることは間違いないのだ。

今や医療は、中等症Ⅱという本来だったら即入院というレベルでも、酸素を渡されて自宅に戻されるという崩壊っぷり。
その上、その酸素さえ十分な量はもらえないという。
こんなことになっても、往診に来てくれる医者に対して「周りに知られたくない」という理由で、「(ウイルスだらけの室内に)入ってから着替えてくれ」などと我儘を言う感染者もいるらしい。そんなヤツは往診してやらなくていいよ。
そもそも、東京においては350人に1人が感染している状況だというのに、知られたくないもクソもない。もはやそこら中にいる。
むしろ、「ここにもいますよ。気をつけてね」と発信したほうがずっと印象いいんじゃないか?
自分のことしか考えないヤツは、人の世話になる資格などないと思う。

つい色々書いてしまったが、毒を吐きたかったわけじゃない。
尾見先生の尊さを叫びたかったのだ。
私にできることは、これまで言われてきた対策は当然として、あとはワクチン接種かな・・・。
予約サイトにアクセスしてもまるで機能していないの、もうちょっと待ったら解消されんのかなぁ。
つーか、どこだろうと券あったら打てるようにしてくれたらいいのに、「市内のみ可」とかつまんない条件つけやがって、打たせたいのか打たせたくないのかどっちなんだよ!?
誰もが市の中心に住んでるわけじゃねんだぞ。うちなんか、最寄りの医者は他県。2番手も他県、3番手でも市外だ。
緊急事態宣言下だというのに、ワクチン打つために遠出させられるとか本末転倒だろ。

この話題で毒を吐かずに済むわけがなかったな・・・。
皆様ご自愛下さい。

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社長夫人【毒】

絶対に言わないと決めている言葉がある。
かつて私が言われて、大呆れしたからだ。
それを言われたのは、大学1年のとき。パン屋でのバイト中だった。
誰に言われたのか。
社長夫人に。
なんと言われたのか。

「私を誰だと思っているの?」

ははは。いやほんとに。
何があったのかと言うと・・・いや、詳細は省く。
ただ、店の方針にも、運営にも、衛生にも、心情にも害となる行為であったということだけは言っておく。
私はそれなりに長く勤めていたので、オープンからクローズまでの全作業を知っていたし、ここがどんな仕組みで回っている店なのかもある程度わかっていたんで、すごいストレスだったなぁ・・・。

社長夫人は、ある日突然店に現れるようになったのだ。
一言で言うなら、有閑マダム。まんまそれだ。
お店のこと、商品のこと、アルバイトのこと、どれもこれもなーんにも勉強しないでやってきてな・・・。
私は、漫画や小説に出てくる「いくらなんでもいないよこんな人」ってキャラが、実際にいるということを学んだ。

その奥様があまりにも横暴を重ねるので、私は正義感というより腹立たしさから、ある日「やめてください」と言ったのね。
そうしたら、うふふおほほな微笑みを一転させて、「私を誰だと思っているの?」と睨み付けてきてさ・・・。
私は、こんな恥ずかしい人を見たのは初めてで、真面目に「誰なんだよおまえは」と思ったもんだ。

これが社長だったらまだわかるんだよ。
経営者だし、「何か試そうとしてるのかな」って思える。
けど奥様は違う。奥様は遊んでいるだけだ。
店長の留守に好き勝手しているだけ。
学生だからって馬鹿にすんなよ。それなりに責任感もって仕事してんだ。
知識だってあんたよりゃあるし、職場に貢献しているという自負だってある。
突然やって来たおばさんが社長夫人だろうが客だろうが、店の秩序を壊すようなことをしていいはずがないというモラルだってあるんだ。

私は昔から物言う性格だったから、それこそ自分がバイトだとかも関係なく、真っ向大喧嘩をした。
終いには「文句があるなら辞めてもらって結構よ」などと言うので、「じゃあ辞めます」と即答した。
「そういうことになりましたんで」と、事が起こったとき店にいなかった店長に電話で伝えたら、大慌てで「待って! 一日待って!」と言われてなぁ。
店長は社長の弟だったんだけど、社長宅に乗り込んで、
「うちの大事なバイトになんてこと言ってくれたんだ」
「朝から夜まで仕事を任せられる子を育てるのがどれだけ大変だと思ってる」
「もう二度と来てくれるな」
と啖呵切ってきたらしい。カッコイイぞ!!
「だからお願いします、辞めないで!」と言われたけど・・・私も啖呵切っちゃててな・・・。
なので、「すでに出てるシフトは全部働きます」「それで辞めます」と返した。
結局、店長は「あなたは意志の強い子だから」「できているシフト分だけでも残ってくれてありがとう」と言ってくれてね・・・とても紳士的だった。嬉しかったなぁ。
一番の被害者は店長だと思う。可哀想に・・・。

しかし、あのおば様は本当に何者だったのだろう。
「私を誰だと思っているの」?
社長夫人だとでも言いたかったのかい?
社長夫人ってのは、虎の威を借る狐という諺を知らない人でもなれるのか。 意外とハードル低いんだね。

というわけで、私はどのような状況であっても、たとえ心底そう思う事情があったとしても、このセリフだけは絶対に口にしないと心に決めている。
とはいえ、冗談で言うことはあるけどな。
「おぬし、私を誰だと思っておる」
と、主に息子に対して。
しかし、その後に続く言葉は大抵自虐だ。
「私に地図が読めるわけなかろう」
という具合に。
あの女も、どうせならそのくらいのことを付け足してくれたらよかったのだ。
「私を誰だと思っているの? 私にモラルがあるわけないじゃない」
一転、感心したかもしれん。

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スペクトラム【毒】

スペクトラムという考え方(「連続している」という考え方)は、発達障害について学んでいるときに知ったんだが、最近はテレビなどでもよく耳にするようになった。
直近では、織田裕二がMCをつとめる『ヒューマニエンス 40億年のたくらみ – NHK』という番組で取り上げられているのを見たな。
それによると、今ではなんと性別でさえスペクトラムであるということがわかってきているのだそうだ。衝撃的!!
何が衝撃って、物理的にスペクトラムってことなんだよ。
男か女か、「心はともかく、身体はどっちかだろう」って思うじゃない?
それが、そうじゃないって言うんだから驚くでしょ。

つまりさ、身体でさえ「100%男」「100%女」てわけじゃないのに、性格だの特性だのが「普通」と「異常」の二択であるわけがないよな。
発達障害も、セクシャルマイノリティも、「100%正常」とのグラデーションなんであって、どこからがどうだとか明確に線引きできるものじゃないってことだよ。

ちなみに、発達障害だと「グレーゾーン」てのがある。
「ちょっと変わってる」とか「個性」で済まそうと思えば済ませられちゃうレベルだから、そのあたりの位置にいる人は、発達障害というレッテルを貼るのか貼らないのかということで悩んだりする。
あえてレッテルと書いたのは、世間の受け止めがそうだからだよ。そんな国だからな、この国は。
だけどおまえら、言ったら全員「100%健常者」ってわけじゃないからな?
スペクトラムなんだぜ? その度合いが濃いか薄いかの差でしかない。
自分は真っ白だと思い込んで、黒っぽいのを差別するとか、何様だよ?
あんたは実はグレーなのかもしれないんだよ?
というかそもそも、なんで白が偉いことになってんだよ?

多様性ってのはさ、生物として考えたときには、種の存続に欠かせない「強み」なんだよ。本来。
セクマイだってそうかもしれない。
将来的には「男」を作るY染色体が消滅すると言われている中で、いわゆる「普通」だけを尊重することが人類にとってプラスであるとは考えにくい
個人間での好き嫌いは勝手にしたらいいけど、社会としては、その「普通」って分類をとっとと取っ払ったほうがいいんじゃないですかね?

最近私は、なぜかそういった話題を目にする機会が多く、ヘテロとかフォビアとかポリアモリーなんて言葉を知るに至ったんだが、実に興味深いよ。
「私にもそういう要素あるな」「ひょっとして私それか?」って思わされるもの。
でも、そりゃそうだよなあ。スペクトラムなんだから。

ひとりひとりが自分のことをもっと深く知れば、世間にはびこる差別意識は大きく変わってくるんじゃないかしらん?
などと思う今日この頃です。

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尾見先生【毒】

尾見さん、怒ってるよね? 怒ってるよね?
先日のりんたろー。との対談が影響しているのかどうかはわからないけど、先生、明らかに方針を変えたよね?

すげえイイと思う。

もう、「政府の方針を支えるための専門家」にはうんざりなんだろ。
いい加減看過できないんだよ。そういう状態ってことなんだよ。この国は今それだけのことになってるってことなんだよ。
それを、優先事項がとち狂ってる自民党員とか、自分を脅かしかねない「越権行為」に過剰反応する低レベルなトップは、尾見さんが言わんとしていることじゃなくて、水を差しただとか発言が過ぎるだとか、クソちっさいどーでもいいことばかりグダグダグダグダと・・・。論点がずれてるんだよ!

私は尾見さんがどういう人かは知らなかったんだけど、聞くところによると、権力争いとか割と経験してきた人なんだってね。
でも、自分が主導権握ってやろうなんて雰囲気、これまで全っ然なかったじゃん。
だからこれはさ、「もう見てられない」「こいつらじゃだめだ」って思われたってことなんだろ。

イイわー。

りんたろー。との対談をべた褒めした私としては、「あの対談が尾見さんの行動を後押ししたんじゃなかろうか!?」と思わずにはいられなくて、テンション爆上がりですよ。
でも実際、影響はあったと思うのだ。
どれだけ注意喚起したって若者には届かない。若者はそもそもテレビなんか見ない。情報はいつも勝手に入ってきて飽和しているのに、わざわざ自分から情報を取りにいったりなんかしない。必要だろうと重要だろうと平気で知らないでいる
尾見さんは、そういう現実に愕然としてたんだから。
うちでは、「尾見さんがアイドル化するとかして話題の人にでもなったら、若者にも尾見さんの言ってることが届くんじゃね?」などと言ってたんだよ。

なってるし!!!

尾見さんカッコよすぎる・・・。
そんなわけで、我が家は今、尾見フィーバーです。
頑張って尾見さん!! 政治家なんかに負けないで!!

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尾見先生×りんたろー。【毒】

ほぼNHKしか見ないので実際世間がどう捉えているかはわからないのだが・・・。
尾見先生とりんたろー。の1時間半にわたるコロナ対談、もっと大きく取り上げたほうがいいのでは? て内容だったと思うんだけど、テレビではたった1回、ほんの数分触れただけで終わりにされちゃったの、もったいなくない??

“届かない”若者へ 尾身会長×りんたろー。が語る新型コロナ | 新型コロナウイルス | NHKニュース

問題の本質突いてると思うんだよね。
なぜ変わらないのか、なぜ届かないのか。
こんなにも訴えてるのに若者には伝わらない、その原因を探らなければならないのではないか・・・そんなところまで背負おうとしている尾見さん・・・尾見さん・・・(涙)

つか、お偉方こそ動けよ!?
報道で伝えてる、呼びかけてる、促してる・・・たぶんそれで「十分やってる」と思ってんだ。
子どもに言うことだけどさ、「やった」かどうかじゃないんだよね、「できた」かどうかなんだよね。
政府は「やった」を強調して、結果がついて来ないことの責任を放棄していると思う。
ところが、結果がついて来ない原因は、やっぱり政治にあったわけじゃん?
りんたろー。が若者代表であることの賛否は知らんが、この企画は「なぜ」にひとつの答えを出した良い対談だったと思うんだけど・・・全然宣伝してないのは何故なんだ!?
尾見さんが今時の若者の現状を知ったときに見せた絶望の表情ったらもう・・・。

どうするつもりなんだろうなぁ政治家は。
いつだって選挙で投票してくれる年寄りのほうばっかり見てるの、若者わかってるよ。
だけど、こういう事態になって、大事にしてこなかった彼らの協力がどうしても必要じゃんね?
だけど信用されてないもん、無理でしょ。
ほんとバカだよなぁ。

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妹【毒】

大人なんだし、何を思っていようと最低限の礼はあるべきと私は思っているが、妹は私がやむを得ない理由で連絡をしたって返事もしないくせに、自分に用事があるときは、挨拶すら省いて唐突に「○○を送って」などと言ってくる。
どうしてそうなったのだろう。
同じ親の元で育ったはずなんだがな?
もっと言うと、小中高大まで全部一緒だったんだけどな?

家の中で違ったのは、私が長女で、彼女が次女(末っ子)だったということだけだ。
それはつまりどういうことかと言うと、彼女は、私からしたら異様なゆるさ、それこそ反吐が出るほど甘々に育てられたということだ。

私は自分で道を切り開かなければならなかった。
目の前のすべてと闘わなければならなかった。
何をするにも反対されたし、何をしても褒められなかった。
だって前例がないから。
つまり基準がないのだ。
基準がないなら、意見もいらない。
だから私は誰にも頼らなかったし、従わなかった。
全部自分で決めて、全部自分でやった。
そうやって自分という存在の価値や居場所を自分でつくってきたのだ。
ところがどうだ、妹はそんな努力などまるで必要なかった。
だって前例があるから。
すでに私が通った道なら文句を言われないし、安全確認もとれている。
その上、その先がどうなっているかまで見えている。
実に楽だ。
怒られない、闘わない、頑張らない。
根性の無い自己中心的な人間ができあがっても不思議ではない。

それでも、私は家族含め人の生き様に関心などないので、必要以上の関わりを持たずにきて、ゆえにこれまでさほど被害を受けることはなかった。
ところが数年前、つまらん喧嘩(母と妹)に巻き込まれて、その仲裁をしなかったとかいう意味不明な理由で、一方的に邪険に扱われるようになったのだ。
別に、邪険にされることは構わない。
そんな理由で文句を言われる筋合いはないし、そんなことを期待する気持ちなどわかりたくもないし、そもそも私が人の間に入ってやるような性格じゃないことすら未だにわかっていない家族ってなんだよいらねえわと思うし。
勝手に裏切られた気になって自分を被害者だと思い込んでいるようだが、付き合いきれないというのが正直なところだ。
いっそスッパリ切れてくれたらいいものを、冒頭で書いたように、要望があるときだけ連絡してくるのだから呆れてしまう。
なんちゅー大人じゃ。

「お姉ちゃんたちはちっともこっち(嫁ぎ先)に遊びに来ない」と言っていたかと思えば、孫の行事の度に遠路はるばる行く親に対しては、「迎えるのも手間なんだから正直迷惑」などと抜かすおまえは一体何様なのだ。
おまえには良識も常識も恥も外聞もないのか。

先日、姪っ子の入学祝いを贈ったが、届いたのかどうかもわからない。
ほんとアホくさい。
そのくせ、贈らなかったり誕生日から1日でも遅れてしまったりすると、「お姉ちゃんは忘れているのか」などと母親に愚痴るという。
なんなの・・・。
来年から、ハイ全部忘れましたよもうなーんにも覚えてないですゴメンナサイネー、でいったろか。

だいたいどこの家でも、こういう問題って下の子なんだよなぁ。
当然ながら、「下の子」をディスるつもりはない。
リスペクトできる下の子だっていっぱいいると知っている。大好きだ。
だけど、「上の子がこんなで困ってる」という話を私は聞いたことがない。
育児の二人目以降、いい具合で手を抜けたり気持ちに余裕を持てたりすることで、つい甘やかしてしまう親が多いのではないだろうか。
しかし、その代償をわかっておいでか。
可愛がりたいという自分本位な理由で子育てをするのは危険だ。
子供はただ可愛がってずっと面倒をみてあげていればいいペットとは違う。
その子はやがて1人で社会に出ていき、自分の力で生きていかなければならないのだから。
その子がどうやって生きていくかだけではない。
それと長々付き合わなければならない兄姉や知人や世間に、疎まれるような存在にしてしまってはいけないのだ。

兄弟姉妹というのは、戸籍上どう足掻いても縁を切ることができない。
そうなりたくてなったわけじゃないのに、いかなる理由があろうともご縁を繋げていなければならないなんて、ひどい仕組みだ。

まあ、私はそこまで思い悩んでいるわけではないけど、考えさせられるよね。
だって、親はそもそも「兄弟をつくってあげたい」と思って子供を複数産むわけだよ。
子供時代も大事だが、親が死んだとしてもひとりぼっちにならないように、何かあったときには助け合えるように、なんて考えてさ。
けどどうよ? いないでいてくれたらどれだけよかったかと本気で思っている兄弟姉妹は決して少なくない。
つまり、「兄弟を」なんてのは親のエゴだし、賭けだということだ。
それでも作ったからには、その兄弟が「お互いがいてよかった」と思えるような存在に育て上げる努力をするべきなんじゃないのか。
ただ可愛がって甘やかして人としてダメにしちゃうんじゃなくて。
その責任はあると思う。

ということもあって、私はひとりしか生んでいないのだ。
発達障害があったというのも大きい。
息子は軽度だったけど、そのように生まれたということは次の子もそうなる可能性が高いということなので、もし重度で生まれてしまったら、将来的には息子にその子の面倒を見させることになってしまう。
そんな苦労を負わせてたまるか。
もう一人欲しいとか、そういう親事情はどうでもいい。
うちは、息子の未来のことを考えて、一人っ子という選択をした。
その分、弟役は私がやってやる。
そうして息子に「はいはい、わかったわかった」「しょうがないなぁ」「落ち着きなさい」などと言われる時は、してやったりだ。
いやそんな話は今はいい。
生んだからには、1人目だろうが5人目だろうが、責任を持って育て上げるべき、と言いたかった。

人生も折り返しという段になって、この先を支え合い過去を語り合える唯一無二の存在と疎遠になるとは皮肉な話よ。
親が亡くなる未来がやってきたときに、果たして私たちは寄り添えるのであろうか。
それができないのだとしたら、兄弟姉妹とは何なのか。
甘やかしたツケはデカい。

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