祖父

私の父方の祖父は、画家だった。
が、結構前に死んでしまった。
最後はボケて徘徊を繰り返し、病気もあって施設に入れられ、そこで誰のこともすっかり忘れて、逝った。
それなりに悲しかった。
私はそんな程度の人間だ。

身内に画家がいるという人はあまり多くないだろう。
画家として生きていける人など、さほどいないからかもしれない。
では祖父はそれが出来ていたのかと言えば、全く出来てはいなかった。
祖父は生活に関わる一切を放棄し、ただ好きに生きた人だった。
「それを支えた人がいたからだ」と言いたいところだが、祖父の場合はそうとも言いがたい。
とんでもなく不衛生で、身勝手で、我が強く、頑固で、生活力はゼロ、しかしながらプライドだけはクソ高い厄介なジジイだったので、ミーハー心で結婚した祖母が面倒見きれるはずもない。
ゆえに祖父の生活は、言うなれば在宅ホームレスのようであった。
「芸術家」なんてカッコよさげだが、実態はひどいものなのだ。
けど、私は祖父を嫌いにはなれなかった。
祖父の才能は、すべてのマイナス要素を黙認させた。
それだけ、祖父の絵は素晴らしかったのである。

祖父は、油絵の写実画家だった。
正確には、動物画家だ。
無論、なんだって描けるわけだが、受ける仕事はすべて動物の絵だった。
祖父は仕事をする必要があったわけではない。
家族も「しなくていい」と言っていた。
「僅かばかりの金のために描きたくもないものなど描かなくていい。自分の描きたいものだけ描いてくれ」
盆や正月などで集まるたびに身内はそう言ったが、その思いは最後まで届かなかった。
祖父は金が欲しかったのだ。
鳩のエサや葉タバコ、左翼的な活動をするための金だ。
祖父は第二次世界大戦で中国へ連れて行かれ、そこで銃撃戦を体験した。
左翼と聞くと物騒な感じもするが、戦地での祖父の気持ちを思えば、その決意に口を挟むことなどできるはずもない。
元よりぐうたらな祖父は、つまらない仕事と活動で手一杯になり、本当に描きたい絵など、おそらく片手で数えられるほどしか描かずに死んでいった。

中学に上がるまで、私はよく祖父の部屋に通っていた。
今にして思えば、あのゴミ溜めよりひどい部屋によく入れたと思う。
何をしていたのかは、あまり思い出せない。
ただ、万年布団、小さなテレビ、画材、木製のパレット、貝殻、描きかけの絵、胸像、曇りガラスなど、そこで目にした様々なものを鮮明に覚えている。
部屋へ行くと、祖父はよく、鳩にやるエサを準備していた。
喉に詰まらせてはいけないからと、乾燥トウモロコシをペンチで砕くのだ。
毎朝同じ時間に、必ず同じ服、同じ手提げで橋の下へ行き、鳩にエサをやる。
私は、一時それに同行していた。
何日も続けると鳩が私を覚え、橋に辿り着く前から出迎えたり、私の手から競ってエサを食べるようになった。
祖父でなければ、誰がそれを私に体験させただろう。

このみかんの木にはアゲハチョウが卵を産みに来るから、実はならないけど大事にしなくちゃいけない。
葉の裏に卵がある、これは赤ちゃん幼虫、こっちが成虫、これがサナギ。
あれはヤブカラシといって、これがあるとアオスジアゲハが来るんだよ。
他に誰がそれを教えてくれた?

黒糖のおいしさ、ライチという食べ物、的の狙い方、戦時中の暗号、磨りガラスにセロハンテープ、キジバト、日本タンポポ、モノらしさ人らしさ、褒め殺し。

それなのになぜ私は、描かせてあげなかったのだろう。
描かせてほしいと何度も言われていたのに。
「おじいちゃんのモデルは止まってなくていいの。動いてていい。印象で描くから」
大人になる手前の、不安定な顔を描きたいと。それは今しかないからと。
なんで私は描かせてあげなかったのだろう。
「約束だよ」と何度も言われたのに。
あんなに通っていたくせに。

中学、高校というのは、気難しい時期なんだろうと思う。
その自覚はなかったが、そうでなければこの裏切りを説明することはできない。
気乗りしなかった。おそらくはただそれだけのことだ。
それだけのことのために、生涯悔やみ続けるのだ。

私の父は、「画家の息子」として見られることに嫌気が差して、絵を描かなくなったという。
「努力の結果を血筋のおかげと評価されてたまるか」と。
尤もだと思う。
だが、私は違う。
私は嬉しい。
「絵が上手いのは、おじいちゃんが画家だからだね」
そうだよ!
「おじいちゃんに描いてもらえば?」
そうだね!
「プレッシャーじゃない?」
とんでもない!
私は、一個人としてその才能をリスペクトしているんだ。
だから、それは私の誇りなんだよ。

おじいちゃん。
見舞いにも行かずごめんね。
でも、私が誰かもわかんなくなってるおじいちゃんに会ったほうがよかったのかどうかは、今でもわからないままだ。
私はその程度の人間なんだよ。
でも、おじいちゃんは多分そんなことは気にしない。
「みんな同じなんて一番つまんない。右へ行けって言われたら左へ行っちゃうね」
人としては決して倣えないけど、そういう生き方が私は好きだった。

ちょうど「不安定」な頃合いの息子を見ていて思うんだ。
そんな身内がいたことを、この子は知らないんだなぁって。
健在であったなら、きっとこの子を描いてもらったのに。
そうして、その特異な感性に触れて、目の前でサラサラと自分を写す鉛筆に魔法を掛けられてほしかった。
人と違うってすごいことなんだと知ってほしかった。
その血が自分にも流れているんだと、ワクワクさせたかった。

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妹【毒】

大人なんだし、何を思っていようと最低限の礼はあるべきと私は思っているが、妹は私がやむを得ない理由で連絡をしたって返事もしないくせに、自分に用事があるときは、挨拶すら省いて唐突に「○○を送って」などと言ってくる。
どうしてそうなったのだろう。
同じ親の元で育ったはずなんだがな?
もっと言うと、小中高大まで全部一緒だったんだけどな?

家の中で違ったのは、私が長女で、彼女が次女(末っ子)だったということだけだ。
それはつまりどういうことかと言うと、彼女は、私からしたら異様なゆるさ、それこそ反吐が出るほど甘々に育てられたということだ。

私は自分で道を切り開かなければならなかった。
目の前のすべてと闘わなければならなかった。
何をするにも反対されたし、何をしても褒められなかった。
だって前例がないから。
つまり基準がないのだ。
基準がないなら、意見もいらない。
だから私は誰にも頼らなかったし、従わなかった。
全部自分で決めて、全部自分でやった。
そうやって自分という存在の価値や居場所を自分でつくってきたのだ。
ところがどうだ、妹はそんな努力などまるで必要なかった。
だって前例があるから。
すでに私が通った道なら文句を言われないし、安全確認もとれている。
その上、その先がどうなっているかまで見えている。
実に楽だ。
怒られない、闘わない、頑張らない。
根性の無い自己中心的な人間ができあがっても不思議ではない。

それでも、私は家族含め人の生き様に関心などないので、必要以上の関わりを持たずにきて、ゆえにこれまでさほど被害を受けることはなかった。
ところが数年前、つまらん喧嘩(母と妹)に巻き込まれて、その仲裁をしなかったとかいう意味不明な理由で、一方的に邪険に扱われるようになったのだ。
別に、邪険にされることは構わない。
そんな理由で文句を言われる筋合いはないし、そんなことを期待する気持ちなどわかりたくもないし、そもそも私が人の間に入ってやるような性格じゃないことすら未だにわかっていない家族ってなんだよいらねえわと思うし。
勝手に裏切られた気になって自分を被害者だと思い込んでいるようだが、付き合いきれないというのが正直なところだ。
いっそスッパリ切れてくれたらいいものを、冒頭で書いたように、要望があるときだけ連絡してくるのだから呆れてしまう。
なんちゅー大人じゃ。

「お姉ちゃんたちはちっともこっち(嫁ぎ先)に遊びに来ない」と言っていたかと思えば、孫の行事の度に遠路はるばる行く親に対しては、「迎えるのも手間なんだから正直迷惑」などと抜かすおまえは一体何様なのだ。
おまえには良識も常識も恥も外聞もないのか。

先日、姪っ子の入学祝いを贈ったが、届いたのかどうかもわからない。
ほんとアホくさい。
そのくせ、贈らなかったり誕生日から1日でも遅れてしまったりすると、「お姉ちゃんは忘れているのか」などと母親に愚痴るという。
なんなの・・・。
来年から、ハイ全部忘れましたよもうなーんにも覚えてないですゴメンナサイネー、でいったろか。

だいたいどこの家でも、こういう問題って下の子なんだよなぁ。
当然ながら、「下の子」をディスるつもりはない。
リスペクトできる下の子だっていっぱいいると知っている。大好きだ。
だけど、「上の子がこんなで困ってる」という話を私は聞いたことがない。
育児の二人目以降、いい具合で手を抜けたり気持ちに余裕を持てたりすることで、つい甘やかしてしまう親が多いのではないだろうか。
しかし、その代償をわかっておいでか。
可愛がりたいという自分本位な理由で子育てをするのは危険だ。
子供はただ可愛がってずっと面倒をみてあげていればいいペットとは違う。
その子はやがて1人で社会に出ていき、自分の力で生きていかなければならないのだから。
その子がどうやって生きていくかだけではない。
それと長々付き合わなければならない兄姉や知人や世間に、疎まれるような存在にしてしまってはいけないのだ。

兄弟姉妹というのは、戸籍上どう足掻いても縁を切ることができない。
そうなりたくてなったわけじゃないのに、いかなる理由があろうともご縁を繋げていなければならないなんて、ひどい仕組みだ。

まあ、私はそこまで思い悩んでいるわけではないけど、考えさせられるよね。
だって、親はそもそも「兄弟をつくってあげたい」と思って子供を複数産むわけだよ。
子供時代も大事だが、親が死んだとしてもひとりぼっちにならないように、何かあったときには助け合えるように、なんて考えてさ。
けどどうよ? いないでいてくれたらどれだけよかったかと本気で思っている兄弟姉妹は決して少なくない。
つまり、「兄弟を」なんてのは親のエゴだし、賭けだということだ。
それでも作ったからには、その兄弟が「お互いがいてよかった」と思えるような存在に育て上げる努力をするべきなんじゃないのか。
ただ可愛がって甘やかして人としてダメにしちゃうんじゃなくて。
その責任はあると思う。

ということもあって、私はひとりしか生んでいないのだ。
発達障害があったというのも大きい。
息子は軽度だったけど、そのように生まれたということは次の子もそうなる可能性が高いということなので、もし重度で生まれてしまったら、将来的には息子にその子の面倒を見させることになってしまう。
そんな苦労を負わせてたまるか。
もう一人欲しいとか、そういう親事情はどうでもいい。
うちは、息子の未来のことを考えて、一人っ子という選択をした。
その分、弟役は私がやってやる。
そうして息子に「はいはい、わかったわかった」「しょうがないなぁ」「落ち着きなさい」などと言われる時は、してやったりだ。
いやそんな話は今はいい。
生んだからには、1人目だろうが5人目だろうが、責任を持って育て上げるべき、と言いたかった。

人生も折り返しという段になって、この先を支え合い過去を語り合える唯一無二の存在と疎遠になるとは皮肉な話よ。
親が亡くなる未来がやってきたときに、果たして私たちは寄り添えるのであろうか。
それができないのだとしたら、兄弟姉妹とは何なのか。
甘やかしたツケはデカい。

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友達の言葉 -06

言われたときは「何それ」と思ったのに、そこから今に至るまで心に根を張り続けている言葉がある。
その言葉に対して抱いている感想は言われた当時と何ら変わらない。
ただ、それを言われた時と似た状況になるたびに思い出す。
それが役に立っているのかどうかはわからない。
ただ思い出す。

私はこんな性格なので、曖昧なことが好きじゃない。
とりわけ自分のことについては。
私はどう思っているのか、私はどうしたいのか、私はどうすべきなのか。
なので、それをハッキリさせて生きていると、周りからは気が強いとかキツイとか怖いとか思われる。
まあ、周りにどう思われるかなんてどうでもいいわけだが・・・だって自分のことだし。
だが、時によりそれは他者を巻き込む。
私が「誰を」「何を」どう思っているのか・・・それをハッキリさせることが、他者の不快や不利益に繋がることがあるのだ。
「のだ」とは書いたが、実は私はよくわかっていない。
いや、不快や不利益に繋がることはわかる。
けど、だったら何だと。
他者の不快や不利益を気にして私は明言を避けねばならないのか?
自分の感情なのに?
あるとき、友達が言った。

「『嫌い』と言う人は、心に余裕がない」

最初に書いたとおり、私は「何それ」と思った。
ついでに言うと、その場で反論もした。
そんなこと言うけどこんなだしあんなだし嫌いで当然じゃん、それでも言うなって言うの? そんなの無理、私は嫌い、と。
だけどそういうことじゃないんだわ。
友達は、嫌いと「思う」ことについては何も言っていない。
それを「言う」ことについて物申したのである。
わざわざ言う必要ないんじゃないの? 言わずにいられないなんて、心に余裕がないんだね、と。

間違っていないと思う。
白黒つけるのは勝手だが、なにゆえそれを公言してしまうのか
「私はそういうスタンスだから」と示す姿勢に、自分らしさを見出してしまっているのかもしれない。
あるいは、逃げようとしている。
何から?
それ以上の不快な情報、負の感情、厄介事から。
先手を打って批判することで、その「逃げ」を強がっているのではないか。
なるほど、心に余裕がないよね。

かといって、そんじゃみっともないから明言はしないようにしましょう、なんてことにはならない。
だって私は私だからね。
心に余裕がないのが私なんだろう。
「あなたは心に余裕がないから心に余裕を持ちましょう」
そんなことを言われて心に余裕を持てる人なんかいない。
だけど、自覚はできる。
私は心に余裕がない人なんだ。
だからつい、いらんことまで強気に発信してしまうんだ。
いや、心に余裕がないから強気なんだとは思っていないよ?
でも、そういう傾向があるということなんだろう。
その自覚は持てた。

結果として、私の言動はなんら変わっていない。
だけど、私の心の中にはいつでも友達の言葉がある。
私が何かに対して「嫌い」を発信しているときには必ず思い出す。
また言ってるぞ、相変わらず弱いなおまえは、と思っている。

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友達の言葉 -05

言われてハッとする言葉もあれば、言われてゾッとする言葉もある。
今回は後者。

といっても、言われたのは私ではない。
何があったかと言うと、こうだ。
大学時代の定期テスト前。
教授が試験の範囲などについてあれこれ説明していたんだわ。
そして最後にこう言ったのね。
「A4の紙1枚だけ持ち込みを許す」
つまり、その紙にびっしり勉強して来いよってことだ。
教室がざわついた。
私はふと疑問に思った・・・裏面もオッケー?
そのとき、誰かが教授に質問をした。
「紙は両面使っていいんですか」
直後に、私の後ろに座っていた友達が、小声でブチ切れた。

「余計なことを!」

私は、ちょうど疑問に思っていたことをタイムリーに質問してくれた誰かさんに、「よくぞ訊いてくれた」くらいの気持ちでいたので、その言葉に驚いた。
友達の怒りは収まらない。
「当然両面だよ! 当然両面なのに、わざわざ訊いて『片面で』って言われちゃったらどうしてくれんの!?」
私はようやく理解した。
と同時にゾッとした。
それを質問していたのは私だったかもしれないのだ。
というか、たぶん訊いてた。
あ、あぶねーーー・・・!!!!

咄嗟に頭が回る人はすごいなぁ。
そういうことに気付けない私は、今までそういう人たちをイライラさせてきたんだろうなぁ。
ひょっとしたら、この友達も。
こんな機会でも、その現実に気付けてよかったよ・・・。

この時は結局、両面オッケーてことになったけど、質問された教授が「あー、そうねぇ」と考える素振りをみせたときの、友達の「嘘でしょ!? 嘘でしょ!?」という祈るような呟きは忘れられない。
ほんとに、いらんこと訊くもんじゃない・・・。

どういう意図なのか、何を想定しているのか。
主催者の意向を気にしてそれに沿おうとするのは悪いことではないんだが、賢く生きようとしている人たちの足を引っ張ってはいかんよなぁ。
小さなことだけど、私は感心したもんね。
発言には気をつけましょう・・・。

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友達の言葉 -04

私には、めちゃくちゃ絵が上手い友達がいる。
絵が上手いというだけでは説明がつかないかもしれない。
彼女は十代前半の頃から、まっさらな画用紙とハサミ1本で、「長い階段の途中でガラスの靴が片方脱げてしまったシンデレラ」を切り出してみせるような子だった。

当時は、私もふざけた絵を描いて遊んでいた頃で、友達に見せて面白がったりしていたのだが、女の子とは面倒なもので、頼んでもいないお世辞を言ってくれるのだ。
「上手だね」
返す言葉は決まっている。
「そんなことないよ」
そう返せば事なきを得る。
いわゆるお決まりのパターン。崩しちゃいけないやつ。
だけど、それでも私は彼女に言わずにはいられなかったのである。
「すごく上手だね」と。
すると彼女はこう答えた。

「ありがとう」

か、
かっけぇーーーー!!!!
衝撃だった。
褒め言葉を謙遜しないことがこんなに格好いいとは
そうだよ、褒めてくれたんだから、喜べばいいんだよ!
喜んでもらえた私のほうが、なぜだかものすごく嬉しくなっている。
もっといっぱい褒めていい!?
つか褒めさせろ!! あんためっちゃ絵うまいんだよ好きだ!!!
実に幸せな時間だった。

これを、私も真似できないだろうか。
褒め言葉を喜ぶんじゃなくて、褒めてくれたことを喜ぶのであれば、例え「そんなことないよ」と答えるのが妥当と言わざるを得ない実力であったとしても、問題ないのでは?
そう自分に言い訳をして、次の機会に「ありがとう」と返してみた。
すごく気分がよかった。

今はTwitterなどで自分の絵をお気楽に投げて、ほいほい褒められて、ありがとうございまーす! なんて返すのをよく目にするから、いい時代になったなぁと思う。
ガチな褒め言葉に対して、謙遜じゃなくて感謝を示す絵師さんを見ると、すごく嬉しくなる。
お世辞と謙遜というのはある意味文化で、それが日本らしさであり美しいとされるのもわからなくはないんだけど、そこからは何も生まれないと私は思うんだよね。
「褒めてよかった」「褒めてもらえた」って双方が幸せになるほうが、当人たちにとっても、今後の日本にとっても遙かに有益なんじゃないかな。

「今時の子は慎ましさが足りない」?
そんな図太いことを平然と言ってのける人たちの慎ましさとは何か。
そんな人間になる前に、早々と私にその価値観を捨てさせてくれた「ありがとう」の衝撃。
まさに、ありがとう。

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友達の言葉 -03

私はこんな性格なので、一人でいることがものすごく好きだ。
人が恋しいと思ったことはないし、一人で寂しいなどと思うこともまあない。
別に人が嫌いなわけではない。
ただ、何事も自己完結というか、さほど人を必要としないというか、人を頼りにしていないというか、とにかく人との時間があまり自分の中で重要ではなかった。

そんな私に、彼氏ができた。
大学時代のことである。
ほぼ同じタイミングで一人暮らしを始めていた私は、一人の快適さに毎日打ち震えていたわけだが、それがそうはいかなくなったのだ。
なんせ彼氏だから・・・だいたい一緒にいるわけで。
一緒にいるのが楽しい反面、どんどんストレスが溜まっていってしまったんだよね・・・。
堪りかねた私は、友達にこう愚痴った。
「全然自分の時間がとれないんだよ」
友達は即答した。

「一緒の時間が自分の時間なんじゃないの?」

鈍器で頭を殴られたような衝撃、というよく聞く例えを実感した瞬間だ。
ぐうの音も出ない。
だってその通りだ。その通り過ぎる。何も言い返せない。
そういう生活を選択したのは私だ。
いやなら付き合わなければよかったではないか。
強制されたわけでもなし。

実際、その友達は「こいつ何言ってんだ?」と思っていたらしい。
立場が違うと、こんなにも見え方が違うのだねぇ。

なお、この言葉の影響力は今も健在で、つい「私の時間が・・・」と思ってしまう私に、「その時間も私の時間」と思い直させることに成功し続けている。
ただ、前述したとおり、私は元来一人でいることが大好きだ。その本質は変わらない。
したがって、「自分だけの時間」をゴリ押しすることも少なからずある。
でも、その場合においても、この言葉は役立ってくれる。
それが十分に得られなかったとしても「私は不自由だ」などと嘆かずに済んでいるのだ。
「一緒の時間も自分の時間なんだからさ」と自分を言い聞かせられるのは、本当にありがたい。

ちなみに、旧職場の主婦にもこの名言を教えてあげたら、私同様、絶句した。
自分の時間がないと常にプンスカしていた彼女が思いも寄らない真実に気付いたことは、彼女の家族にとっても有益であったに違いない。私いいことした。

こういう言葉って、同じ立場の人同士で集まって愚痴ったり慰めあったりしていても絶対に出てこないと思うんだよね。
現に、この名言をくれた友人は独り身だったし。
持つべきものは、違う状況に身を置く別視点を有した友人だよ。
ああ、ありがたや。

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友達の言葉 -02

仲のいい人と一緒にいても、会話が続かないときがある。
なんか気まずいと思って、無理に話題を振ったりしたことはないだろうか。
あるいは、無理に話題を振られて、碌な返事ができずに逆に気まずい思いをさせられる羽目になったり・・・。

大学生時代に、よく一緒に帰る子がいた。
同じ電車に揺られる1時間弱の時間を、話術に長けているわけでもない私が会話を途切れさせることなく乗り切るのはほぼ不可能だ。
それでも私は頑張ったと思う。
ある程度の期間は、沈黙することなく話をし続けられていたと記憶している。

だが、やはり無理があった。
いつ頃だったか定かではないが、あるとき本当に何にも話すことがなくなってしまった。
気まずい。ものすごく。何か言わなくちゃ。どうしよう。
それで苦し紛れに口に出したのがこれだ。
「沈黙しちゃったね」
そう言われて花咲く話題とは何か。
言ったほうも言われたほうも、苦笑いして更なる沈黙に甘んじるしかないセリフだ。
ところが、私の友達は違った。
表情を一切変えることなく、さも当然という体で、こう言った。

「沈黙が気になるのは、本当の友達じゃない」

え?
それは私が本当の友達じゃないということ?
いや、そうではない。
「私は沈黙など気にならない」と言ったのだ。
こんなラブコール(違う)が他にあるか!?
私は感動して語彙が死に、「そうだね」と答えることしかできなかったが、おそらくそれでよかったのだろう。
それ以降、私とその子の帰路は、話すときは話し、なんとなく黙ればそのまま沈黙し、気が向いたらまた話す、というとても自然な時間になった。
ストレスフリー!
私はますますその子が好きになった。

それを言われて以降、私は他の友達に対してもその言葉を思い出し、それを支えに沈黙を気にせず生きられるようになったので、あれは本当に救いの一言であったと言える。
正に名言!

なお、その名言は今も別の形で役立っている。
一緒にいるときの沈黙に止まらず、離れているときの沈黙にも適用されているのだ。つまり、無理に繋がろうと思わない
隙間なく絶えず繋がっている必要なんかないと思うのだ。
そうしたいと思ったときに、そうしたいと思う間だけ繋がれればそれでいい。
もっと言うと、相手にもそうであって欲しいとさえ思う。
だから私はLINEはやらない。
不便はないし不満もない。当然寂しくもない。
だって平気だもの。
その分、時間も有効活用できるし、友達に対して少なからず感じてしまうであろう「嫌」だとか「気まずい」だとかを感じずに済むのもありがたい。
自分の「好き」を大事にできるこの生活が、私は気に入っている。
私の人生をプラスに導いてくれた名言に、感謝。

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友達の言葉 -01

いくら深く考えても、自分からは到底生じ得ない発想や、自分では到達し得ない境地というものがある。
それを難なく無償で与えてくれるのが友達だ。
無償とか言うと友達を損得で選ぶみたいで感じが悪いが、選んではいなくても実際にはそうなっていたりするのではなかろうか。
だって、私の友達はみんな名言を吐く。
それが社会一般的に名言であるかはわからないけど。

そんな名言から、ひとつ。
あれは「ポケベル」が登場した頃であった。
外出先で連絡を受け取れるとは画期的!
私は早速飛びついた。
が、ショップに行ったはいいものの、どれを買うかで延々悩む。
それはそれは悩む。
こっちはこんな機能が、こっちはこんな表示が、こっちはこんな音が。
どうしたらいいんだ!!
その様子を見ていた友達がこう言った。

「今の生活に加えるだけのなのに、どうしてそんなに悩むの?」

え?と思った。
そうだ、ポケベルなんてない生活をずっとしてきたのだ。
それが普通だったのだ。
私は今、その普通から背伸びをしてちょっと贅沢をしようとしているに過ぎない。
新しい便利が、今に追加されるだけで十分ありがたいはずだ。
それなのに、僅かな差を気にしてどっちが便利かと悩むなんて、どれだけ強欲なんだよ。恥ずかしい。
「どうせならよりよい物が欲しい」「あっちにすればよかったと後悔したくない」
そりゃそうなんだが、この時点でそんなことがわかるはずもない。
あーだこーだ言うのは、それのある生活が普通になってからでもいいのでは?

結局、見かけが一番好きなものを選んだ。
一切後悔しなかった。

自慢じゃないが、私は人の意見に左右されることはほとんどない。
なぜなら、自分で考えたいタイプの人間だからだ。
人の意見を頭ごなしに否定する頑固とは違う(ここ大事)。
人の意見は大いに聞きたい、むしろ大好き、いっぱい言って!
でも、それに流されることはない。
それは私の参考になる。
私はそれを踏まえて自分で結論を出す。
それが私の思考パターンだ。
なので、たった一言で私を打ちのめすものは、私にとって紛れもなく名言である。

同じようなことしか考えない集団の中で、何の刺激もなく否定もなく、持ち上げ持ち上げられ、誤魔化し誤魔化されながらぬくぬくと生きていたってつまらない。
自分とは違う感性や価値観をもった友達は、人生の宝である。

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習い事【毒】

私はピアノを習ってきた。
11年くらいやったと思う。
幼稚園からだったので、みるみる上達した。
しかし、ピアノを好きだと思ったことはない。
だから、辞めたあとはほとんどピアノに触っていない。
そうして11年の努力が水の泡になっても何も思わない。
だって、大事じゃないから。

そもそものきっかけは、母親の嘆きだった。
「他の子は習い事をしているのに、あんたは何もしていないね」
私はその言葉を良くないイメージで、つまり、責められたかのように聞いたことを覚えている。
だから、つい言ってしまったのだ。「じゃあピアノを習うよ」と。
何故ピアノなのか。
たまたま隣に先生がいたからだ。

私はこの先生から、スパルタ教育を受けた。
レッスン時間も日数も、年を追うごとに増えていった。
一番ひどいときで、毎日2時間レッスン
音大を目指していたわけではない。
ピアノが好きで嵌っていたわけでもない。
単に先生が超熱心だったというだけだ。
なぜ私の親は、言われるがままこんな無謀なスケジュールを許したのだろう。
そのおかげで、私には常に時間が足りなかった。
友達と遊んでいても、誰よりも早く離脱しなければならなかった。
好きなテレビ番組をいつも最後まで見られなかった。
さらには、レッスン以外にも自主練習をするように言われ、その様子をチェックされているのだ・・・隣だから。
それで、怒られる。
「あんな弾き方をしていたら悪い癖がつく」
自分の好きな曲を弾いていても怒られる。
「そんなものを弾く暇があるなら、練習をしなさい」
とにかく不自由だった。

体育で突き指をすると、すごく嬉しかった。
喜々として報告し、堂々とレッスンを休んだ。
また、試験期間中も休みをもぎ取った。
私は試験が大好きだった。

ピアノが弾けるようになるということは、悪いことではない。
特技として役に立つし、難しい曲が弾けるようになれば、自尊心も高まる。
11年続けたことで、私にもそれなりの技術が身についた。
しかし、私は最も大事なことを教えてもらえなかったのだ。
音楽は楽しいということ。楽しむものだということを。
私がピアノに向かうときには、常にマイナスの気持ちがあった。
楽しいとは真逆の感情だ。
これは私の時間を奪うもの。私の自由を奪うもの。
好きになどなれるはずがない

「好きこそものの上手なれ」という言葉があるが、好きでなくても時間をかければある程度は上手になってしまうというのが現実だ。
そこで私はこう言いたい。
「好きこそものの大事なれ」と。
好きであることの強みは、その過程を楽しめるところにあると思う。
上手になるために費やす多大な時間を楽しめるか否か、その差は非常に大きい。
私は楽しいと思えなかったばっかりに、11年積み重ねてきたものを失っても惜しむこともできなかった。
私にとって大事な時間ではなかったから、思い入れがなかったのだ。
私の11年はなんだったのだろうかとさえ思う。
せめて「ピアノは楽しい」と思わせてもらえていたなら、辞めたからといって弾かなくなることはなかっただろうし、趣味のひとつして私の人生を豊かにしたことは想像に難くない。
とても残念だ。

これから何か習い事をしよう、させよう、と思っている人には、是非とも参考にしてもらいたい。
まずは、楽しんで
そこから始めて。

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いじめっ子【毒】

私は昔、いじめっ子であったらしい。
自覚はない。
ただ、強くはあった。
誰ともつるまず、ひとりで何にでも立ち向かい、闘える子だった。

気に食わない子がいた。
とにかく何にもしない。
宿題もしない、努力もしない、反省もしない。
しかし自意識だけは過剰にあるのか、自分を可愛いと思い込んでいるとしか思えない変なポーズをし、気持ちの悪い声を出す。
また、何かというと人に媚びたり、いい人アピールをしてくる腹黒さがあった。
そんなだからクラスメイトにも嫌われているんだが、それにはまるで気づいていないようだった。

私は筋の通っていないことが嫌いだ。
言ったことをやらないとか、やろうともしないとか、実力に見合わぬ自信だとか、他力本願だとか。
そして、嫌いなものに対しては攻撃的だ。
「何もかもがムカつく!!」という感情のみで攻撃を繰り出していたことは認める。
しかしそうであったとしても、これはあくまで私ひとりの闘いだった。
私が私の嫌いな子と闘っていたに過ぎず、ただ私が彼女より色々な面で優勢で気も強かったというだけのことなのだが、それが「いじめ」ということにされた

本来なら、私とその子と先生と、場合によっては親も含めて話し合って解決を目指すべき事案だと思う。
しかし何がなされたかというと、私は理由も聞かれないまま一方的に悪者扱いされて教室の後ろに立たされ、クラスメイト全員から、順番に罵倒されたのである。
もちろん、それを計画して実行させたのは担任の先生だ。
クラスメイトの誰もが私を悪いと思っていたとは思えない。
しかし、そのようなシチュエーションにおいて、そんなことを言える子はいない。
思ってもいないことを口にしなければならないなんて、戦時中かよ。
まるで、非国民をつるし上げる軍人と、それに従わざるを得ない民衆だ。
この時間が何の役に立ったのか、私にはさっぱりわからない。
言われたことは何一つ覚えていない。
私はただ無になって窓の外を見ていたような気がする。

さすがに今の時代にこんなことをする教師はいないと思うが、「いじめ」というものへの向き合い方は大して変わっていないのではなかろうか。
すなわち、いじめられている子のことばかり考えていないか?
いじめられている子に非などない、理不尽だ、かわいそう、気付いてあげなくちゃ、助けてあげなくちゃ。
その子がいかに酷い目に遭ったか、どう追い詰められ苦しんできたか・・・報道はそんなことばっかりだ。
じゃあ、いじめたほうは?
いじめたほうはどうしていじめたの?
その行動を事前に抑止する手立てはなかったの?
おふざけがエスカレートしていったパターンや、単なる愉快犯、そういった説明を耳にすることはあるけど、なぜそれで済ますの?
その行動の原因は何?
なんで根っこを探らないの?
どうして強く出た側が悪いと決めつけるの?
内容が理にかなっていないことを強行するのはもちろんよろしくない。
でも、その理由をなぜ追求しないの?
単に押さえつけて罰することに何の意味がある。
そんなもの根本的な解決にはならないし、逆に根に持たれる可能性のほうが高い。
こちらを知ろうとしてくれないヤツの言うことなんか聞くかよ。
100%悪いと決めつけられて、素直に反省する子などいるものか
反省したとみせかける裏表のある子になるか、失望して闇堕ちするか、どっちかだ。
「やり方は悪かった」と、おそらくいじめた側の子のほとんどが思っている。
その小さくとも確かにある良心に働きかけないでどうする!?
それなくして本当の解決などあり得ない。
それなのに、その小さな希望を潰してしまうんだよ。
おまえは悪だと決めつけて。

まあ、私はいじめられっ子とはされたものの、いじめたという自覚はないので、本当にいじめをやった子たちの心の内を代弁することはできない。
しかし、大きな力によって有無を言わさず「悪」とされ、こいつに石を投げつけることが「善」であるとされた経験は、私にひとつの価値観をもたらした。
「いじめる側が必ずしも悪いとは限らない」という信念だ。
そして私はそれを発信せずにはいられない。
命や心が守られるべきものであるなら、それはいじめる側であろうといじめられる側であろうと、平等でなければおかしいではないか。
まずは命を救う。それはもちろんそうだ。
しかしそのあとは、心を救えよ。双方の。

ちなみに、クラスメイト全員に罵倒された日のことを、私は家族に報告しなかった。
辱めを受けたような気がしていたのだと思う。
はっきりと覚えてはいないが、プライドが許さなかったのだろう。
私がそんな目に遭うなど、夢か幻だと思い込みたかったのかもしれない。
ところが、当時の教師が何を思ったのか30年近く経ってから私の母親に打ち明けてしまった。
子供たちにいじめのことを学ばせるいいチャンスだった。お嬢さんは強いから大丈夫だと思った」
母親激怒。
まあ・・・そりゃそうだわなぁ。
なんで暴露したのかはわからない。
それなりに反省があったのかねぇ?
見込み通り私は強かったもんでへこたれなかったけど、もし潰れてたらどうするつもりだったのか・・・。
補足をすると、この教師自体が過去にいじめを受けていたという経緯がある。
つまり、完全に「いじめられる側視点」だったわけよね。
いじめる側が100%悪いってやつ。
一言も聞かれてないからね・・・なぜいじめをしたのか。
いじめてないんだけどさ。

最後に、念のため付け加えておくが、壮絶ないじめを受けて自殺に追い込まれた人やその家族の痛みがわからないということではない。
そんなの辛いに決まっている。許せるわけがない。
しかし、このエッセイにおける論点はそこじゃない。
いじめを受けた側にだけ寄り添っていても、いじめは減らないということが言いたかった。
いじめをするヤツが悪だと思うなら、なぜ悪になったのかを掘り下げなければ何も解決しないし、同じパターンが何度でもどの世代でも繰り返されていくだけだよと。
弱者に寄り添い、同情を誘い、共通の敵をみんなで袋叩きにするような報道ばっかりだもんねぇ。
そんな伝え方をしているうちは、何も変わらないさ。

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